もうあっという間に東京に住んでいるのが人生の半分になりました
コツコツ更新コウユウブログ
いきなりなんですけどぼくって自分の誕生日があまり好きじゃなくて
祝われるのが苦手でそれは昔からで小さいときからです
だからLINEとかXとか今は全く使ってないけどアカウントだけあるfacebookとか誕生日を登録して出てくる系のやつとか絶対知られたくないし「おめでとう!」とか連絡くるのめっちゃ嫌だから登録はしてません
さらにはオンラインで言われるのも嫌だけど直接言われるのも嫌だっていうのもあります
「いや、俺ごときの誕生日がそんなめでたくないし」
って思っちゃうしなるべく静かに普通の日として過ごしたいです
そんなぼくの誕生日はなんと息子の前の日
ぼくの誕生日の朝に妻の陣痛がはじまり同じ誕生日になるのかなと思ったのですがそうはいかず
妻は長い陣痛と闘い産まれたのは日を跨いで夜中の2時くらいでした
そして親子で1日違いの誕生日となりました
なので今まで祝ってもらうのは断固として拒否していたのですが息子とついでという理由でなんだかんだでやってもらうようになってます
40歳になって地元の青森と東京が半々に
とここまでタイトルとズレた話になってしまったのでタイトルの話をしますね
先日息子の誕生日のお祝いでみんなで外食したとブログに書きましたがぼくも同じタイミングで誕生日を迎えました
ここのブログでは自分の誕生日を言うことは今までなかったのですが40歳という節目でこれがはじめてです
これで東京に出て地元の青森と東京にいる期間が半々になりました
青森に関しては物心ついてからが何歳からか忘れたけどそこから数えたとしたら東京の方が長くなりますよね
いやー、あっという間に東京に20年も住んでんのかぁ

最初は憧れで東京に住みはじめたけど結婚して子どもを育てるとは思わなかったです
東京東京というけれど東京も細分化されますよね
ぼくの住んでる東京は20年住んでいて17年くらい西東京です
最初の一人暮らしは学校は代々木でしたが吉祥寺の隣の三鷹でした
そのあと就職して杉並区の高円寺の方に引っ越して2.3年
高円寺に憧れあったんですよねぇ
でも結局は西東京がいいよねってなって戻ってきて
「東京は23区じゃねぇよな!26市だよな!」
って言って西東京の方の多摩地区から離れられなくなってます
若い頃は学校が代々木で都心も近く原宿、渋谷、新宿に遊びに行ったり
あと下北沢やさっき言った住んでた高円寺も好きでした
ですが子どもができてからもうめっきり出かけなくなってしまって東京にいるうまみを感じてません
でも西東京にしかほとんどいないけどたまに移動したりするだけでも東京にいる必要性はやはり感じますね
東京じゃなきゃダメだって感じる瞬間しかないです
よく子どもは田舎でのびのび子育てしたいっていう人がいるけど東京でこそできる子育てがあると思って3人の子どもたちの子育て中です
それは田舎での暮らしを自分が経験してるからこそ言えることです
でもまぁそれは我が家の考えなんでハッキリとはどちらとも言えないですけどね
田舎にはそれはそれでいいこともあるから比べられないものもあるし2つ比べて優劣つけるのは違うとは思います
ぼくも人生の半分東京で暮らして東京の人になったというか東京がもう当たり前になった人生です
ここから東京の方が長い人生になっていくのか
はたまた人生は何があるか分からないのでどうなってしまうのか!?
おわりっ



















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